Nirvanaをひさびさに聞いてみた。「他を絶する」という言葉があるけれど、Nirvanaにはまさにその言葉が当てはまる。そしてそれはやはりカート・コヴァーンによるところが圧倒的に大きい。言うなれば、彼は90年代のジャニス・ジョプリンであり、不世出の天才だと考えるべきだと思う。
このバンドの音はシンプルだが効果的で、カートのヴォーカルを際だたせることに重点を置いている。彼のヴォーカルはときに絶叫し、そのために声がとぎれたりする。絶叫していないときは、歌うというよりかは詠唱するといったいい方がいいような声の出し方だ。そしてひたすらダウンだ。とにかくダウン。これだけダウンだと一本調子になりそうなのに、そうじゃないところが真にすごいとこだ。一曲ごとにはっとさせられるような感じ。Nirvanaのアルバムは聞き流すことができないので、あんまりかけていると疲れる。とても「鑑賞」するようなものではない。
このバンドのサウンドは、カートの叫びとうなりを音に乗せることに特化しているように聞こえる。確かにNevermindはシーンの流れを変えたが、かれらの真価はそんなところにはないはずだ。
このブログでは、
「とりあえず全曲聴いたが、なんかこれまでのロックとは違う。
アコースティックな曲もあるが、バラードではない。
楽しい音があまりないアルバムだった。
なんでこんなのが売れてるんだ?」
という90年代当時の感想が書かれていて、貴重だ。そう、たいていの人はそう感じるんじゃないだろうか。この、楽しくない、ということを強烈に押し出した音楽、これがメジャーに出てきたというのがそもそもショックだったわけだ。当時のMTVでちょっと舌がからまるような若い女性のDJがきっとIn uteroから何か紹介してかけていて、びっくりしたのを思い出す。それは明らかにそれまで聴いたことのあるどんな音楽とも違っていた。
驚いたのは、若い女性がこれを聴いていたことだ。Nevermindを借りたりしたものだ。こんなものを聴いて、これが好きだと堂々と言えるのかと驚いたはずだけれど、当時そういうことをそこまで言語化はできなかった。でも、いまになってみれば、Nirvanaによって、ただの日常会話の周辺に漂うポップミュージックではなく、何かもっと個人的なものを音楽を通じて会話しうるものが出現していたと言える。そして当時Nirvanaに共感したのは、言いようのない不満を抱えていた人間が多かったはずだ。カートは代弁者だったわけだ。90年代前半、それまでヒットチャートを覆っていた明るく無邪気なポップスのなかに、突然、怒りに満ちた、しかしその怒りを発散させることさえもできないような抑鬱につぶされた音楽がヒットチャートをかけのぼった。それは確かに事件だったのだ。
2008年05月13日
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結局自分はあれ以来ニルヴァーナは聴いておりません。(ニルヴァーナに限りませんが・・・)
彼らのチャート登場についての分析はとても鋭いですね。
大して聴いてもいないくせに深くうなずいてしまいました。
またお邪魔しますので、よろしくお願いします。
SYUNJIさんのHPはものすごく率直な感想が書かれていて、独特で、とても面白いので、参考にさせてもらいました。こちらのブログから、またトラバさせていただくかもしれませんが、よろしくお願いします。
ニルヴァーナはほぼ初めての同時代の洋楽体験だったので、思い入れぶかいものがあります。同世代には、そういう人がけっこういるような気がしています。